辺境の雑記帳2nd

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高等教育無償化には憲法改正は必要なし

高等教育無償化には憲法改正が必要という論がありますが、果たしてそうなのでしょうか。 このようなツイートをされている議員が。

維新の梅村みずほ参議院議員のツイート。

この方、一見するともっともらしく見えるようなことをいったつもりなのでしょうが、あまり意味のないことを言っておられます。

kempo

憲法と高等教育無償化は矛盾しない

高等教育無償化については、現行の憲法のもとでも可能です。

確かに「高等教育無償化」という形では書いていませんが、憲法26条の学ぶ権利から考えると、憲法の条文の理念の具体化として高等教育無償化の方策をとることは否定されていないと解釈するのが自然でしょう。

日本国憲法第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

また憲法第26条第2項では、義務教育の無償化が明記されています。

しかしこれは「義務教育以外の無償化を否定する」という内容ではないと扱うのが自然です。全体的に解釈すれば、教育を受ける権利という観点から、教育全体の無償化という施策は憲法の理念と両立することになります。

2006年改定教育基本法第4条「教育の機会均等」では、以下のように記されています。

第四条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
 3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

高等教育無償化の根拠となる内容は、教育基本法第4条の1および3に主に該当します。 法律は憲法と矛盾しない形で、また憲法の内容を否定しない形で作られることから、教育基本法によって憲法の内容を具体的に規定しているということになります。

高等教育の無償化については、憲法を改正しなくても、立法府の姿勢次第で可能ということになります。国会がその方向で動き必要な法律や制度を整備すれば可能となります。

憲法改正策動の狙い

では、なぜ憲法改正にこだわるのでしょうか。

一般的理論的な話としては、仮に具合が悪いところが見つかれば補強するような形で、また日本国憲法の基本理念を否定しない形で、改定の策がとられるというプロセスそれ自体は否定されていません。

しかし現時点では、憲法を改正しなければ具合が悪いという問題はいまだに見つかっていません。

むしろ、どんな社会状況の変化や進展があっても、日本国憲法は柔軟に対応できるという性格を持っていることが示されています。

憲法改正にこだわる人たちは例外なく、日本国憲法の基本理念を否定し、国民主権を軽視し一部の権力者の権限を強めたい・基本的人権を制限したい・平和主義を否定したいなどの意図を持っているような態度をとってきた、という経過をたどってきました。

梅村議員の属する維新も例外ではありません。 維新の「改憲案」が出されたことがあります。それは、基本的人権や国民主権を骨抜きにして、一人の司令官の権限を大きくする「統治機構改革」とそれに伴う私権の制限も可能とすることなどを柱としていました。 そんなものは、現行の日本国憲法の理念を根本から否定し、国民の権利を制限し、日本社会を暗黒化させることにもつながります。

「高等教育無償化など教育に関する条項を憲法に明記するために憲法改正」という理屈は、「統治機構改革」の意図をごまかすために持ち出されたという側面もあるのでしょう。